歯科衛生士を「稼げる職業」に。女性がキャリアを諦めない道へ
全国3万人の歯科衛生士が登録するキャリア支援コミュニティを運営し、女性のライフステージに応じた働き方を提案している株式会社D.HIT 代表取締役の杉野奈央さん。歯科衛生士として臨床現場に立っていた経験を活かし、専門職ゆえのキャリア断絶という社会問題に取り組んでいます。復職に悩む女性、そして医療の先にいる多くの人々の「やりたいことをやる人生」を支えたいと語る杉野さんに、お話を伺いました。
コロナ禍直前に起業。ピンチをチャンスに

――まずは杉野さんが手がけられている事業や、その活動内容をお伺いできればと思います。
現在は、主に歯科衛生士向けのキャリア支援事業をおこなっています。歯科衛生士の仕事というのは、歯のクリーニングや診療のサポートなどが中心で、基本的には臨床現場で働くことを求められます。私たちの事業は、臨床以外でも歯科衛生士の資格を活かせるような市場価値を見つけ、資格保有者に情報提供。キャリアアップのお手伝いをし、様々な形で歯科業界に貢献をしていただいています。
――歯科衛生士は、女性に人気の資格と伺いました。
就職率の高い国家資格ですので、手に職を持ちたいという女性にとってはメリットが多く、実際に日本の歯科衛生士の約9割は女性です。ところが、さまざまな事情で半数近くの方が離職してしまう……という問題を抱えているのが、歯科業界の実情なんです。
――働きたくても続けられない、その事情とは?
多くの歯科が個人開業で、雇用主は歯科医師の先生になります。一般企業のような雇用形態とはいかず、フレキシブルな勤務体系がほとんど作られていないんです。子供が幼稚園や学校に行っている間だけ働きたいと希望するママたちには条件が厳しく、その結果、結婚・出産を機に完全離職をしてしまうというのが、業界全体として長年の課題になっています。
ほかにも夢を持って働き出したものの、キャリアが評価に繋がらないという理由から、働く意欲をなくしてしまう方も少なくありません。実際、私が働いていたクリニックでも、1年間で14人もの仲間が辞めていくということがありました。まさかの非常事態に「このままでは私が倒れてしまう!」と危機感を持ち、どうしたら良い組織づくりができるのか、先生を巻き込み、採用、育成、マネジメント、経営者の視点を自分なりに研究し始めたんです。

――自分のピンチを救うために学んだことが、今の事業につながったわけですね。ちなみに杉野さんが歯科衛生士の道に進まれたきっかけは?
もともとは美容業界に興味があったんです。可愛い白衣が着られるという理由で(笑)。エステティシャンを目指そうと思ったのですが、親から「手に職はあったほうがいい」と言われまして。叔母が歯科衛生士だったこともあり、本当に単純な理由で進路を決めたんです。
専門学校に通い、国家資格を取得。歯科衛生士として20歳から歯科クリニックに就職しました。当時お世話になっていたクリニックは、先生がビジネスライクな方で、勤務時間は朝9時から夜9時。オープニングスタッフとして入ったこともあり、深夜近くまで働くこともありました。休憩は2時間あるので、独身の時は休憩室で昼寝すればしていればこなせていましたが、結婚を視野に入れるようになってからは、「ママになったら、これは働きづらいだろうな……」と考えるようになりました。パートで入れたとしても休憩時間は無給になる。午前中3時間だけ働くのでは効率が悪い。実際、これも復職が少ない理由なんです。
――実際の現場にいたことで、リアルな問題点を目の当たりにしたわけですね。結婚を機に退職された後、すぐに起業されたのでしょうか?
8年働いたクリニックを退職し、しばらくは家庭に入っていたのですが、セルフホワイトニングの事業を立ち上げるという知人に声をかけられ、フリーランスの歯科衛生士としてサポートに入りました。お手伝いのつもりが、気づけば取締役になっていたのですが……(笑)。そこの活動の中で「予防医療」を学んだんです。歯がなければ、消化、分解、吸収ができない。すると細胞に栄養素が行き届かず、人は不健康になっていく……。この時、医科の先生が話された「健康は口から」というスローガンに強く感銘を受けました。
歯科衛生士の仕事は、歯のお掃除をするだけじゃない。人の健康につながる職業だったのだと、改めて歯科衛生士としての高い志を持つことができたんです。ちょうど同じ頃に妊娠もしまして。子どものためにも明るい未来であってほしい。そのためには社会に生きる人々も健康でいてほしい。でも私が1人で現場に戻って患者さんを接するにも限りがある。その時、「そうだ、仲間を作ろう!」と思ったんです。
――そこから起業に至ったわけですね。
子供が産まれたら数年は動けないかもしれないと思い、妊娠中にすべての準備をして、2020年の3月、出産のタイミングで同時に起業しました。子どもも会社も一緒に育てていけたらいいなと思って(笑)。
――最高の考え方ですね!
最初は歯科クリニックと衛生士をマッチングさせるサービスをスタートさせたのですが、なんとコロナ禍で緊急事態宣言が出てしまったんです。クリニックに人は必要ない、それどころかクリニックがどんどん閉まっていき、開業支援なども請け負っていたのですが、それも全てキャンセルになってしまい、どうにも立ち行かなくなったんです。子どもを抱えながら「なんてことをしてしまったんだろう」と、さすがに落ち込みました。
――好転させていった秘策は?
根がポジティブと言いますか、「何かできることはないか?」と探し始めたんです。できないことを憂うより、なんでもいいからあがいてみようと。それでSNSで歯科業界に対して私が思ってきたことを赤裸々に出していったんです。例えば、医業って「稼ぐ」という言葉がタブー視されているんですね。人々を助ける、社会に貢献するという意識が高いからこそなのですが、私はあえて「衛生士だって稼げる!」とか「もっと女性を活躍させましょう!」と歯科業界への反骨精神を見せる発信をどんどんしていきました。すでに崖っぷちだったので、もう怖いものはないというか。想定通り、よく燃えました(笑)。でも「よし、これで認知度は上がったぞ!」って、私のことを知ってもらえたとポジティブに思うようにしていたんです。同時に賛同や応援してくださる方もたくさんいらっしゃって、励みになりました。
さらにSNSを活用したことで、全国の歯科衛生士の横のつながりができたんです。自然と市場調査もできて、マッチングよりもキャリアアップスクールを立ち上げることを決めました。
もちろん、いつかまた臨床現場で働きたいと願う衛生士さんもいます。そのためには現場を離れても、歯科業界から関係を立たないということが大事で。つねに最新情報を取り入れ続けているだけでも、戻りやすくなるんです。ご自身のライフステージに合わせて、これだけ選択肢があるんだよということを知ってほしくて発信を続けています。
――在宅でできるお仕事には、どんなものがあるのでしょうか?
例えばクリニックのSNS運用。専門的知識を持った方が発信すると、説得力が違います。ほかにも一般の方向けにインフルエンサーとしておすすめのデンタルケアグッズをアフィリエイトしていく方もいれば、口腔トレーニングのお教室を開いている方もいます。自分のやってきたこと、やりたいこと、求められているものを掛け算すれば、如何様にもチャンスは作れる時代なんです。
ただ、それらの夢を叶えるには衛生士の知識だけでは足りなくて、一般的なビジネスのスキルも持つことが必要です。私も10年近く歯科のことだけやってきたので、名刺交換もしたことがなかったし、ビジネスメールもろくに打てない。それどころか、パソコンの起動スイッチがどこにあるかもわからなかったんです(笑)。衛生士だけでなく歯科医師も、もっと社会や他業界に眼を向ける視野の広さは持っているべきだと思います。
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