児玉美月|女性監督が肯定する女性の欲望【自分らしく生きるための映画紀行 第8回】
「起業家」兼「よき母」のロミーが嵌ってゆく倒錯関係
ニューヨークに位置する一流企業のCEOロミーは、優しい夫であるジェイコブとふたりの子供たちに囲まれ、理想的な生活を送っている。洗練されたオフィスウェアに身を包んだ「起業家」としての姿と、花柄のエプロンを掛けて家で完璧な朝食を用意する「よき母」としての姿を『ベイビーガール』(2024年)は交互に提示し、ロミーの働く女性としての二面性が強調される。充実した日々を送っているかに見えたロミーはしかし、夫との性生活においては充足感を得られていなかった。

ある日の通勤中、ロミーは凶暴な犬に襲われそうになったところを、会社の若きインターン生であるサミュエルに助けられる。サミュエルはクッキーで犬を難なく手懐け、ロミーはその光景に思わず目を奪われてしまう。それは、のちにサミュエルとロミーが嵌まってゆく倒錯的な主従関係をいみじくも予告していた。以降、ロミーは会社のCEOとしての立場があるにもかかわらず、自らの被虐性を巧妙にくすぐってくるサミュエルが気になりだす。不均衡な権力勾配のもと、ふたりのパワーゲームは秘密裏に開始されてゆく。
ロミーが誰かに従属したいという背徳的な欲望を人知れず秘めているのは、主導権をつねに握っていなければならない権力者である立場も大いに関係しているだろう。Z世代であるサミュエルは、ロミーに対し性的要求を強引に突きつけているように見える一方、性的同意は怠らない。BDSMに不可欠なセーフワードも、ふたりで相談しながら取り決める。性的同意はしばしばロマンティックな雰囲気を壊すものと見做されるが、むしろ『ベイビーガール』において、サミュエルの世代ではそれがセクシーなものとして扱われている。

娘のイザベルから「死んだ魚みたい」と顔を揶揄されながらも、ロミーは筋弛緩を目的とする美容医療であるボトックス注射を定期的に打っている。そこには社会的な成功者が女性であるときには、同時に「美」と「若さ」も維持しなければならない圧力に晒されてしまう不平等がある。女性のリーダーはいまだ数が少ないがゆえに、品行方正で模範的な振る舞いを過度に求められ、下の世代にとって憧れられる「ロールモデル」でい続けなければいけない。ロミーの会社で働く優秀な若手社員であるエスメもまた、彼女に対してつねに正しい指導者像を望む。ロミーは、まさしくそうした社会的プレッシャーのなかで不道徳な欲望を内包しているが、監督であるハリナ・ラインは彼女を肯定する。ラインはポール・ヴァーホーヴェン監督作『氷の微笑』(1992年)をはじめ、性的に逸脱した女性が罰される90年代エロティックスリラーのジャンルを、現代において換骨奪胎しようとしたという。
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