児玉美月|尊重されるべき沈黙 【自分らしく生きるための映画紀行 第3回】
Index目次
「声」にならない「声」
女性たちの声がようやく聞かれはじめたいま、耳を傾けるべき「声」のひとつには、「沈黙」もまた含まれているのではないか。プロデューサーになることを目指し、新人アシスタントとして映画業界で働きはじめたジェーンの一日の労働を追う『アシスタント』(2020年)と、有望なテニスプレーヤーとして将来を期待されるジュリーのコーチが突然いなくなってしまう『ジュリーは沈黙したままで』(2024年)は、静かに、けれども力強く、声なき声を掬いあげてゆく。
『アシスタント』は2017年、ハーヴェイ・ワインスタインに対する性暴力及びハラスメントの告発によりハリウッドを中心に広がっていった#MeToo運動を題材に、緻密なリサーチや関係者へのインタビューが下敷きとなっている。
主人公ジェーンは、耳にした情報やいくつかの痕跡によって、職場で権力を濫用した性的搾取が行われているかもしれないことに勘づく。『アシスタント』は、音楽よりもキーボードの打鍵音、印刷機の金属音、電話の着信音などの日常音を強調し、聴覚的にも圧迫感のあるストレスフルな環境を観客に追体験させる。性暴力それ自体は直接的に描かれず、不穏な雰囲気だけがたえず漂う。

映画は単調なオフィスワークによって綴られてゆくが、そんななか最もドラマが動く山場といえるのが、人事担当者にジェーンが相談する場面だろう。しかし担当者は内容を把握するや、ジェーンの話を跳ね除けてしまう。担当者がメモしていた紙を粗雑に丸める音が大きく鳴り響き、ジェーンの切実な声が、ひとりの手によって握り潰された残酷を奏でる。
構造に加担する平凡な共犯者
そこでジェーンが受けるのは、自らの主張の正当性を剥奪される心理的虐待「ガスライティング」にほかならない。ガスライティングは、ジョージ・キューカー監督の『ガス燈』(1944年)に語源を持つ。『ガス燈』では、ガス燈が暗くなるなど家で不審な出来事が続くことに気づいた妻が夫にそれを訴えるも、ある策略を隠蔽したい夫が妻に正気を失ったのだと信じ込ませてゆく物語が描かれている。男性は論理的で成熟しているが女性は感情的で未熟であるといったジェンダーに基づく偏見によって、とくに女性はこのガスライティングの被害に遭いやすいとされてきた。ジェーンもまた、担当者から新人特有のストレスに過ぎないと思い込ませられるように宥められてしまう。

『アシスタント』は、そうして異議を唱える声を黙殺するシステムを丹念に炙り出してゆく。映画はエレベーターのボタンや印刷機の内部といった機械を部分的にアップで捉えたショットを差し込み、システムの歯車の一部と化す人間を連想させる。ジェーンは声を上げる/上げた女性ではなく、声を上げられない/上げられなくさせられてしまう女性であるからこそ、『アシスタント』は重要な意義を持つ。なぜならわたしたちの大半は、構造を打ち壊す勇敢な英雄ではなく、構造に否応なしに加担してしまう平凡な共犯者なのだから。
劇中、姿を決して現さない加害者は、その輪郭を把握できないからこそ、得体の知れない恐怖がそこら中に漂う。一日の労働を終え、夜の闇へと同化してゆくジェーンのように、無数の共犯者のひとりでもありうるわたしたちに、果たしてなにができるのか、その問いを投げかけて映画は幕を下ろす。
Related
関連記事
Recommend
おすすめの記事

