児玉美月|自分の身体についての選択【自分らしく生きるための映画紀行 第2回】
迫りくるタイムリミット
人工妊娠中絶(以下、中絶)が違法だった時代のフランスを舞台にした映画『あのこと』が製作された2021年は、フランスの「343人のマニフェスト」が発表されてから、ちょうど50年を迎えた年だった。これは、当時違法だった中絶を経験したフランスの著名人ら343名が、中絶と避妊の自由を要求した共同声明である。「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」の著名な一節を含む『第二の性』の著者として知られる哲学者シモーヌ・ド・ボーヴォワールが声明文を書き、俳優のカトリーヌ・ドヌーヴやジャンヌ・モロー、作家のマルグリット・デュラスなどが名を連ねた。映画界では、たとえば女性映画作家のパイオニアであるアニエス・ヴァルダもこれに署名している。

1960年代初頭、大学生のアンヌは望まぬ妊娠に見舞われる。まだ生理が来ないとノートに記して「3週」、妊娠証明書が届いて「4週」……。そうして妊娠の経過が画面に表示され、タイムリミットが刻一刻と迫り来る。映画を通して、カメラは決してアンヌの傍らから離れない。それはアンヌの恐怖、焦燥感、不安、そのすべてを密に観客へ感得させるだろう。アンヌが流産するため自身で鋭利な器具を膣内に挿入したり、闇中絶の処置をしたりする場面は、長回しによって思わず目を背けてしまいたくなるほどの生々しさを伝える。妊娠自体はひとりでできるものではないにもかかわらず、その代償はアンヌがたったひとりで背負わなければならない。
それでもアンヌは、勉強への情熱と作家になる夢を諦めはしない。闇中絶を斡旋してもらうとき、それはくじ引きと一緒で、「流産」と書いてくれる医師に当たるか「中絶」と書く医師に当たるか、もちろん後者であれば刑務所行きなのだと忠告される。『あのこと』の英題“Happening”から看取される偶発性のニュアンスは、「妊娠」という事象そのものに含まれているのみならず、アンヌが行う中絶行為にもかかっている。果たして、アンヌの運命はどちらに転ぶのか。その後フランスでは、1975年に「ヴェイユ法」により、中絶が合法化されるにいたった。女性たちの人生が、「運まかせ」にされることに終止符が打たれた瞬間でもあった。そして2024年には、憲法に中絶の自由が明記され、より強い保障がもたらされた。

Related
関連記事
Recommend
おすすめの記事
