児玉美月|地方に生きる中年のレズビアンたち【自分らしく生きるための映画紀行 第12回】
「クィア映画」であることを明示する意義
母ユンヒのもとに届いた、一通の手紙。娘であるセボムは見知らぬ差出人からのその手紙をポストに見つけ、密やかに読んでしまう。その差出人は、北海道の小樽に住んでいるジュンという名の女性。母の手紙の相手は、かつての恋人だった。セボムはユンヒをジュンに会わせるため、韓国から日本へと旅立つ。
『ユンヒへ』の監督を務めたイム・デヒョンは、韓国を代表する映画賞のひとつである青龍映画賞受賞時にこう語った──「『ユンヒへ』はクィア映画です。観客の中にはこの作品がどのような映画か分からない人もいるかもしれないので、あえてこの言葉を使います」。たやすく不可視化されてしまう脆弱なレズビアン表象を作り手がそうして明示し、下支えすることは重要な役目を果たす。「ここにいる」とはっきり伝えなければ存在自体、想像すら及ばない者もまだまだ多い。
日本でも知名度の高い映画作家パク・チャヌクによる『お嬢さん』(2016年)をはじめとして、韓国では2010年代以降になってようやくレズビアン映画が本格的に日の目を浴び始めた。ともに東アジアの国である日本と韓国を越境する『ユンヒへ』は、映画において周縁化されてきた地方に暮らす中年のレズビアンたちに光を当てる。

観客は物語のなかでユンヒとジュンが交わすほとんどの言葉を、直接の対話による現在進行形の言葉としてではなく、手紙に書かれた過去の言葉として受け取るしかない。それは彼女たちが地理的に隔たっているだけでなく、向かい合って話すにはさまざまな見えない障壁があるということを暗に示している。
劇中、「雪はいつやむのかしら」という台詞が幾度も繰り返されてゆく。冬の凍てつく寒さととめどない降雪は、そこに暮らす者にとっては、耐え忍ばなければならない過酷な季節に与えられた試練のようなものでもあるだろう。ユンヒとジュンがもし別の時代に生まれていたとしたら、人生をともに歩んでいたのかもしれない。わたしたちはそれぞれが、不可逆のかけがえのない生を生きている。だからこそ、ただ雪がやみ、やがてくる春をじっと待つだけでなく、一刻も早く世界を変えるべく、そう急かす言葉としてその言葉は響かなければならない。

祖母からユンヒへと渡された、故障していたカメラをセボムは修理し、持ち歩く。ときに画面はそのカメラのファインダーを覗く視点と同化し、シャッターを切る瞬間までもスクリーンに刻み込まれる。そうして時間を「停止」させるカメラのモチーフを導入し、「過去」から「現在」への連続的な時間を撹乱しながら抗する『ユンヒへ』は、ユンヒとジュンの止まっていたかつての時間をも潜像的に立ち上げながら、もしかしたらありえたかもしれない仮定の過去の時間をわたしたちに想像させてゆく。
「彫刻」を通して築かれてゆく女性同士の関係
同じく地方を舞台にし、公然とパートナーがいるわけではない中年のレズビアンの日常を描いた映画が、9月25日公開の『ナギダイアリー』である。撮影が行われた岡山県の奈義町をモデルにした架空の町“ナギ”で、日々創作に打ち込む彫刻家の寄子。「日本でありながら外国のように遠い」といわれるナギに弟の元妻である友梨が訪れ、寄子の彫刻のモデルを務める。友梨が弟と離婚するまで、彼女たちは「姉妹」だった。家父長制が根深い社会では、女性同士の繋がりはしばしば男性によって規定されてしまいかねないが、もはやふたりにはそうしたしがらみもなく、自分たちの意思で紐帯を築いている。

『ナギダイアリー』には寄子以外にも、愛を育みはじめたばかりのふたりの少年が登場する。この映画では性的マイノリティの境遇に関して、先進的な都市部では自由を謳歌し、保守的な地方では厳しい差別に晒されるといった二項対立による単純化は慎重に避けられている。彼らの生きる地域には性的マイノリティが集うコミュニティも一見ないようで、存在自体が不可視化されている。訃報放送が流れ、誰が亡くなったのかをつねに耳にする狭い共同体ながらも、寄子はそうしたことは伏せられているのだと話す。『ユンヒへ』でも、女性たちは自身の非規範的なセクシュアリティを明かすべきではないのだと、抑圧的に生きざるを得ない状況を共有している。
女性同士の描く/描かれる関係、あるいは見る/見られる関係を紡ぐ映画として『ナギダイアリー』が独創的なのは、そこに肖像画ではなく、彫刻を介在させているからだろう。寄子が友梨の模像を完成させるまでには、まず絵を描き、粘土で造形し、木を掘り……と複合的で、且つより触感的なプロセスを経なければならない。平面である絵画と異なり、立体である彫刻はさまざまな角度から対象を見ることが必要とされる。寄子はそうして、ただ接しているだけでは知りえなかったであろう友梨という存在の奥行きを、じっくりと知覚する。相手に直に触れること、相手を多角的に見ること。寄子と友梨は、芸術を通して互いに深く分け入ってゆく。

映画は友梨と寄子の関係性に解釈の余地を残しているものの、いずれにせよそれはあらゆる可能性を抱え込みながら、未来へと開かれている。まだまだ、映画のスクリーンで息を吹き込まれていない属性の者たちがほかにも数多くいる。『ユンヒへ』と『ナギダイアリー』は、韓国の作り手と日本の作り手がそうした生を誠実に掬いあげようとした稀有なクィア映画として結ばれる。
『ユンヒヘ』

『ユンヒへ』Blu-ray&DVD発売中(発売・販売:トランスフォーマー)
©2019 FILM RUN and LITTLE BIG PICTURES. ALLRIGHTS RESERVED.
『ナギダイヤリー』

『ナギダイアリー』
9月25日(金)より新宿ピカデリー、ユーロスペース ほか全国ロードショー
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
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