児玉美月|「恋愛」の名のもとに隠されていたもの【自分らしく生きるための映画紀行 第11回】

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「純愛」と信じ込まされ……

2017年、映画界において絶対的な権力を持っていた有名プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインの性暴力およびハラスメントが告発されてハリウッドを中心に広がっていった#MeTooムーヴメントは、性的同意についての議論を一層先鋭化させた。では、その問題の当事者が未成年者である場合にはどうか──『コンセント/同意』(2023年)は、まさしく映画のタイトルに「同意」を掲げ、当時14歳のヴァネッサ・スプリンゴラが36歳も年上だった実在の作家ガブリエル・マツネフから受けた性的虐待を告発している。

文学に魅了されているヴァネッサは、親のいる食事会で出逢ったマツネフから手紙を受け取り、美しく装飾された言葉の数々に絆されてしまう。マツネフは、大人に見られたがっているヴァネッサの自尊心を年上男性との “対等な関係”によってくすぐり、父親がおらず母親とも軋轢を抱えている寄る辺なさと、芽生えはじめたばかりの性的好奇心に漬け込む。そうしてヴァネッサはすぐさまマツネフと身体の関係を持つようになって洗脳され、自分たちの関係が「純愛」なのだと信じ込まされる。

劇中では、カナダ人作家のドゥニーズ・ボンバルディエが「この国では“文学”を名乗ればあらゆる悪徳が許される」とマツネフを痛烈に批判した実際のテレビ番組の映像が流され、本作の監督を務めたヴァネッサ・フィロ自身のメッセージが彼女の言葉に込められている。当時は逆にボンバルディエが世間からバッシングを受けることになったものの、時代は変化し、ようやく芸術の権威のもとに免罪されてきた作家の悪行が裁かれるようになった。

スプリンゴラは47歳だった2020年に、映画の原作となった自伝を出版した。映画ではマツネフによって小説に描かれ搾取され、檻に閉じ込められたスプリンゴラが、大人になってからようやくマツネフとの被害体験を執筆し、彼を本という檻のなかへ閉じ込め返す。たとえば性暴力の被害者に対して、「なぜすぐに言わなかったのか?」と責め立てる風潮がこの社会には根強くある。だからこそわたしたちに求められるのは、『コンセント/同意』が詳らかにする、被害者が声をあげられない構造や状況を理解することだろう。

グルーミングという手法

声を失ってしまう少女を同テーマにおいて描く映画が、9月19日公開のチェコ映画『ブロークン・ヴォイス』(2025年)である。この映画は、プラハの名門合唱団「バンビーニ・ディ・プラーガ」で実際に起きた、指導者による少女たちへの性的虐待事件から着想を得ている。13歳のヴァレリエは、絶対的な権力を持っていた指導者ヴィーテクから才能を認められ、姉のルチエが先に入団していた名門合唱団への参加を果たす。周囲の少女たちやルチアから嫉妬や嫌がらせを受けつつも、ヴァレリエは合唱団での地位を駆け上ってゆく。

#MeTooムーヴメント以降、大人が子供を性的目的で手懐ける“性的グルーミング”を扱う映画がいくつも撮られてきた。#MeToo以降のそうした映画には、被害者のその後の人生やトラウマを抱えた内面を深く掘り下げる作品も多いが、他方『ブロークン・ヴォイス』は少女が被害を受けるまでの構造を丹念に追い、加害者の手口を解明してゆくようなアプローチが取られている。たとえば、ヴィーテクはヴァレリエには才能があるなどと特別扱いする常套句を巧妙に使いながら、「選ばれた」という特権的な優越感を抱かせて承認欲求を満たす。これは、典型的なグルーミングの手口の一種といわれている。ヴァレリエはそれによってほかの少女たちから嫉妬を買うが、その競合こそ優越感の養分となり、一層ヴィーテクに対して精神的依存を強めてゆく。自分以外に頼れる存在をいなくさせ、周囲から孤立させるのもまた捕食者が多用する手段にほかならない。ヴィーテクは飴と鞭を使い分けながら、被害者の心情と判断を揺さぶって心理的に操作し、恐怖と信頼がもつれた複雑な愛情の蜘蛛の巣に搦め捕る。

1990年代初頭を舞台に、16mmフィルムで撮影された『ブロークン・ヴォイス』の映像は、どこかソフィア・コッポラによる少女映画のような淡く儚げな雰囲気を纏う。ヴァレリエたち合唱団がアメリカツアーへと旅立ち、セントラルパークの岩の向こうから少女たちが次々と出てくる場面を筆頭に、岩山でのピクニックで寄宿学校の女子生徒たちが失踪を遂げてゆく『ピクニック at ハンギング・ロック』(1975年)も連想させる。チェコからアメリカへの移動で、時差によって少女たちがみな一様に眠りについている光景は、観客を不穏で謎めいた微睡みのなかに誘いこむ。

#MeTooムーヴメント以降の性暴力やハラスメントを扱う映画においては、とくに女性の監督に顕著な傾向として、被害や暴力そのものが直接的に映像で可視化されない作品が多いが、『ブロークン・ヴォイス』は見せることと見せないことの狭間で揺れ動くかのような、独特な描写が選び取られているところもまた興味深い。

かつては「恋愛」としか見做されていなかった事象に、実は暴力性が潜んでいたかもしれないとパラダイム転換が起こり、性差や権力構造といった視点が新たにもたらされた。たとえば学生のジェニーが16歳から17歳にかけて30代のデイヴィッドと関係を持つ『17歳の肖像』(2009年)は、これまで「苦い恋」や「成長物語」と形容されてきたが、#MeTooを経た現在では、『コンセント/同意』や『ブロークン・ヴォイス』に連なるグルーミングを扱った作品として語り直されている。社会の変化は、わたしたちの映画の見方そのものを変えるのだ。

 

『コンセント/同意』

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・作品名 コンセント/同意

・発売日 2015/1/8

・価格 5,400円(税抜)

・発売元 株式会社クロックワークス

・販売元 株式会社ハピネット・メディアマーケティング

・(C)表記 © 2023 MOANA FILMS ‒ WINDY PRODUCTION – PANACHE PRODUCTIONS – LA COMPAGNIE CINEMATOGRAPHIQUE – FRANCE 2 CINEMA – LES FILMS DU MONSIEUR


 

『ブロークン・ヴォイス』
9月19日(土)よりシアター ・ イメージフォーラムほか全国順次公開

配給:クレプスキュール フィルム
2025年/チェコ/チェコ語/カラー/106分/DCP/2:1/5.1ch/原題:Sbormistr/英題:Broken Voices/日本語字幕:上條葉月/字幕監修:ペトル・ホリー
©endorfilm s.r.o. Punkchart films s.r.o. Česká televize innogy Česká republika a.s. Barrandov Studio a.s. 2025

Profile

児玉美月さん

児玉美月

映画批評家。パンフレットや雑誌などに多数寄稿。共著に『彼女たちのまなざし 日本映画の女性作家』『反=恋愛映画論──『花束みたいな恋をした』からホン・サンスまで』『「百合映画」完全ガイド』がある。

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