児玉美月|女性のルッキズムと家父長制【自分らしく生きるための映画紀行 第9回】

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王子の愛を手に入れるために……

継母や義姉妹から虐げられている可哀想な少女が、やがて運命の相手である王子様に見初められ、幸せになる……そんな誰もが知っている童話「シンデレラ」の物語を、シンデレラではなく義姉妹の視点から現代的な感性で編み直した『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』(2025年)は、「美」の規範をめぐる鋭い批評性に貫かれている。

© Mer Film / Lava Films / Zentropa Sweden / MOTOR / Film i Väst / Mediefondet Zefyr / EC1 Łódź 2025

主人公エルヴィラは母親の再婚を機に、スウェランディア王国へと引っ越す。そこには再婚相手の娘でシンデレラにあたる人物のアグネスがおり、エルヴィラは容姿端麗な彼女とつねに比べられてしまう。新たな生活が始まるやいなや再婚相手が急逝し、経済的に困窮したエルヴィラは、母親から王子と結婚するよう圧力をかけられる。

王子の愛を手にいれるために美しくならなければならないエルヴィラは、サナダムシの卵を摂取して無理なダイエットに励み、麻酔すらない過酷な美容整形手術を受ける。映画は医師が容赦無くエルヴィラの鼻に鑿(のみ)を打ち付けるところや、瞼に付け睫毛を一針一針縫い込むところを執拗に映し出し、彼女の苦しみを追体験させてゆく。その笑ってしまうほどに過剰なグロテスクさは、理想とされる「美」がいかに到達不可能であるかを皮肉り、風刺的な機能を果たしている。

© Mer Film / Lava Films / Zentropa Sweden / MOTOR / Film i Väst / Mediefondet Zefyr / EC1 Łódź 2025

そうして『アグリーシスター』は、現代において外見に基づく差別として理解される「ルッキズム」を下支えする、「美」のイデオロギーを丹念に解剖してゆく。エルヴィラはもともと素朴な少女だったが、支配的な母親からの「鏡を見よ」という言葉によって、まるで呪いをかけられたかのように一変してしまう。エルヴィラが生きる時代には、女性の自立はより難しく、男性との結婚こそが「幸福」だとする規範が根強く存在している。しかしながら実際のところ、王子をはじめとする男たちには、そこまでの努力をするほどの価値がないことも、映画はほのめかす。

『アグリーシスター』は「美」への執着の根源が、エルヴィラ自身の欲望ではなく、家父長的な構造にこそあるのだと示す。そして、敵対関係と見做されていたシンデレラと義姉妹に、実は同じ抑圧のもとで生きざるをえなかった女性同士として、新たに息を吹き込む。そこではゴシックホラーの枠組みのなかで、「シンデレラ」という物語が現代においてどのような意味を持ちうるのかが探求されている。

Profile

児玉美月さん

児玉美月

映画批評家。パンフレットや雑誌などに多数寄稿。共著に『彼女たちのまなざし 日本映画の女性作家』『反=恋愛映画論──『花束みたいな恋をした』からホン・サンスまで』『「百合映画」完全ガイド』がある。

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