逆張りマインドで道なき道を切り拓く!【内藤佐和子のRX人材リレー Vol.1 前編】
内藤佐和子さんの連載がスタート!
徳島市長となった2020年4月当時“日本最年少の女性市長”として全国から注目を集め、現在は地域変革を掲げる民間企業の代表として活躍する内藤佐和子さん。そんな内藤さんの連載が、「La Voix」にてスタートします。連載タイトルは、「内藤佐和子のRX人材リレー」。「RX」とは「Regional Transformation」、すなわち「地域変革」のこと。地域で変化を起こそうと活動する女性たちを紹介していく連載です。第一回目は、内藤さんご自身にお話を伺いました。
弁護士を志して東大に進んだ学生時代から、まちづくり活動、故郷での市長就任、そして現在の地域経営へ。内藤さんの軌跡は一見すると大きな方向転換の連続にも見えますが、お話を伺うなかで見えてきたのは、その時々で夢や肩書は変わっても「社会をよくしたい」という一貫した思いでした。

人生の転機となったある出来事
——内藤佐和子さんご自身が考える、人生の転機となった出来事は何でしょうか?
「法学を学ぶために東大に入学して4か月後、多発性硬化症という難病と診断されたことですね。いつどのように発症するかわからず、弁護士になってグローバルに活躍する夢が突然断たれてしまいました。相当苦しみましたが、あるとき「泣いていても仕方ないから何かやってみよう」と、思考を転換したんです。そこからは持ち前の好奇心で各種コンテストに出たり学生記者をやったりと挑戦し続け、その結果が今の人生に通じています」
——地域づくりに関心を持ったのはいつ頃だったのでしょうか。
「東大に進学してからです。久しぶりに地元へ帰ったら、中心市街地からゲームセンターがなくなっていて、同窓会後にプリクラも撮れないじゃないか、と。「あれ、これ結構まずいんじゃない?」って思いました。それと、周囲の大学生はいずれ官僚や大企業の経営者になり、社会の意思決定をする側になる――そう考えた時、同期生に東京など都市部の進学校出身者が多いことも気になりました。首都圏や関西などの都会で生まれ育ち、進学校という極めて同質性の高いコミュニティで生きてきた人たちが、日本の中枢でさまざまなことを決めていく。地方のことを知らないまま社会の中枢を担うようになったら、地方はどうなるんだろう、と。「よく分からない」というところから分断が生まれるんじゃないかという危機感がありました。」
——その後、故郷である徳島でまちづくり活動を始められます。
「2009年頃からまちづくり団体を立ち上げ、数年後には有識者会議にも出て発言していました。子どもを産んでからは隙間時間にさまざまな公募委員としてまちに関わりながら、まちづくりの活動も引き続き、行っていました。学生が集まる場所を作ったり、子どもの学習支援をしたり、子ども食堂の立ち上げや運営に関わったり。社会課題が少しずつ顕在化されていく中で、市や県の委託事業にも取り組んできました。上京したことで知り得た知見はまちづくりにも役立ったと思います。ビジョンありきというより、現場で活動していると次々に課題が見えてくるので、「じゃあ次はこれをやろう」と行動する繰り返しでした。」

市長選に出たきっかけと、その原動力
——そこから市長選への出馬につながります。そのきっかけは何でしたか?
「当時、徳島県と徳島市の関係がすごく悪くなっていて、大きな事業が止まっていたんです。外から見ていて、「これ、私が間に入ったら絶対まとまるのにな~!」と思っていました(笑)。それまでずっとまちづくりに関わってきて、県や市、有識者会議などいろんな立場から地域を俯瞰してきたので、前に進むための道筋が見えていたといいますか。また、私の中では「36歳の女性でも市長になれる」っていうロールモデルを若い世代に示せたことに大きな意義を感じています。実際私の市長就任以降、徳島の女性議員が増えてきたことは嬉しいですね」
——市長時代の課題について聞かせていただけますか。
「就任当時の徳島市は数十年分の課題が山積みだったんです。阿波おどりの問題、再開発の停止、ホール建設問題……。何十年も先送りされてきた難問ばかりでした。選挙を考えると、首長は“決めない”方が得なんですよ。でもそれを繰り返してきた結果が徳島の現状だったので、「嫌われてもいいし、4年の任期で終わってもいい。先送りせず私が全部道筋をつけるんだ!」と思っていました。保育園建設の補助金を打ち切りにしたのも、少子化の中で新しい施設を作るよりも保育士さんという「人」に投資した方が合理的との判断から。当時は批判もありましたけど、結果として待機児童ゼロになりました。さまざまなご意見がありましたが、中心部のまちづくりに市民が関心を持ってくれるようになったこともいい流れだと感じています」
——振り返ってみて、ご自身を突き動かしてきたものは何だと思いますか。
「やっぱり「社会をよくしたい」という気持ちだと思います。戦争を経験した祖母から「今は平和で勉強できる環境があるんだから、社会のために何かできることを」と言われ続けて育った影響が大きいかもしれません。夢だった弁護士も、市長も、そして今の仕事でも、根っこにある気持ちは変わりません。その時々で自分ができることを選んできただけなんです。病気もありましたし、思い通りにいかなかったこともたくさんありました。それでも、目の前に社会課題があったら放っておけないんですよね」
お話は後編に続きます!
文・大貫香織 写真・土岡虎太郎
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Profile
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内藤佐和子
日本テーマパーク開発株式会社の代表取締役社長。東京大学在学中の2009年より徳島活性化委員会(まちづくり団体)代表として地域活性化を進め、徳島市や徳島県の審議会の委員を歴任。2020年から2024年までの期間を当時最年少女性市長として徳島市長に就任。2024年より日本テーマパーク株式会社の執行役員に。2025年より現職。
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