「その違和感を絶対に見逃すな」。岸本鮎佳が語る、 自分の本音で人生を選ぶということ
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俳優として舞台に立ち、脚本家・演出家として物語を生み出している岸本鮎佳さん。女性たちの複雑な感情や、日常に潜む人間関係の機微をリアルにすくい取る作品の背景には、「人を楽しませたい」という幼い頃からの思いと、自分の道を自分で切り拓いてきた経験がありました。思い通りにいかないキャリアとの向き合い方から、年齢を重ねて感じる変化、迷ったときの選択基準まで。岸本さんの飾らない言葉から、自分らしく生きるためのヒントを探ります。
「人を笑わせたい」がすべての始まり。自分で切り拓いた表現の道

──俳優、脚本家、演出家と幅広く活躍されていますが、そもそも演劇の世界に惹かれたきっかけは何だったのでしょうか。
小学生の頃から演劇をやっていたんですけど、今思えば、そこで笑いを取れたことが原点だった気がします。あるとき、かつらが取れると実はハゲていた、という泥棒のおじさん役があって。主役でも何でもないんですけど、台本を読んだ瞬間に「これ、おいしいぞ。笑いが取れる!」と思って、自分から進んで手を挙げたんです(笑)。
かつらも自分で用意して、ちゃんと取れるように入念に練習して、全校生徒の前で披露したら、わっと笑いが起きたんです。そこで快感を覚えてしまったんでしょうね。小学6年生のときには、当時流行っていた『家なき子2』をもとに自分で脚本を書いて、友達を集めて劇をやりました。榎本加奈子さんが演じていたエリカさまのような、強烈ないじめっ子役がやりたくて(笑)。ただ目立ちたかったというより、見ている人を楽しませたいという気持ちが強かったんだと思います。
──その「好き」を仕事にしようと決めたのは、いつ頃ですか?
現実的に考えたのは大学時代です。就職活動の時期になって、普通に就職するか、この世界で頑張るかをすごく悩みました。東京で育ったので、周りに読者モデルやタレントをやっている子もいて、私もいつかそうなれるんじゃないか、という根拠のない自信があったんですよ。でも、大学生になっても別に売れないし、誰かに見いだされるわけでもなくて。
服飾の学校に通っていたんですけど、自分よりずっと服が好きな人たちがたくさんいて、「これは私が仕事にすることじゃないな」とも感じたんです。それで、やっぱり自分がやりたいのは舞台やお芝居だと思いました。とはいえ、当時はまだうまくいかなかったら実家に頼れるかな、くらいの甘さもあったと思います(笑)。
──思うようにいかない時期でも、続けてこられたのはなぜでしょう。
やっぱりお芝居が好きだったし、どこかで自分は絶対に売れると信じていました。テレビを見ながら「私のほうがうまいんじゃない?」とか、「私のほうが面白いものを書けるんじゃない?」とか、ちょっと意地の悪いことも考えていました(笑)。でも、それくらい根拠のない自信があったのかもしれないです。
何より、「これをやめて、じゃあ何をするの?」と考えたとき、他の仕事に就く自分があまり想像できなかったんです。
──そこから、ご自身で脚本を書き、演出もするようになったのですね。
そもそも脚本を書き始めたのは、自分が出演できるから(笑)。最初から「作品を作りたい」という立派な理由があったわけじゃなくて、自分が一番やりたい役を演じるには、自分で書けばいいじゃん、と思った。演出してくれる人もいなかったから、「じゃあ、それも自分でやろう」と。
俳優をどうしても続けたかったし、人に頼ってばかりもいられなかった。オーディションでも納得できないことがあったり、コネで物事が決まっているように感じたり、この世界って理不尽だなと思うことはたくさんありました。だったら自分でやるしかない。やれることをやってみよう、と。結果的に全部を自分でプロデュースするようになりましたけど、あのときはそれしか方法がなかったんですよね。
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