「料理は手紙みたいなもの」坂井希久子さんが「町中華」をテーマに小説を書いた理由。【『中華食堂ひばり亭』刊行記念インタビュー】

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「食」を題材に多くの感動作を描いてきた坂井希久子さん。その最新刊『中華食堂ひばり亭』が刊行された。

70代の姉妹が営む店を舞台に、さまざまな事情を抱えながらも力強く生きていく人々を、町中華の王道メニューとともに描く本作。著者である坂井さんにお話を伺った。

町中華、めちゃくちゃ好きなんです

―『中華食堂ひばり亭』は角川春樹事務所の創立30周年記念作品だと伺いました。テーマや題材選びなど、難しさもあったのではないでしょうか。

それが、迷う暇もなかったと言いますか・・・。角川春樹社長に唐突に言われたんです。「希久子は30周年記念を書くから」と。しかも、「現代を舞台にしたご飯ものだ」とも言われまして。何の話だろうとは思いつつ、私としては「はい、わかりました」と言うしかありませんでした(笑)。

―その中で町中華を選び、73歳の春美と70歳の雪子の異父姉妹が営む店にされたのは?

現代物で食を題材とした作品はたくさんあるけれど、町中華ってそれほど書かれていないなと。何より、私が町中華、めちゃくちゃ好きなんです。

高齢の女性二人というのは、ある編集者との話がヒントになりました。親戚が町中華屋さんで、しかも70代の姉妹でやっていると。聞きながらどんどんインスピレーションが湧いて、その場で「それ、いただいていいですか」とお願いしていました。

二人はあまり似ていないほうが面白そうだなと。重い中華鍋を振る大変な仕事ですから、女性なら相当屈強でないと務まらない。であれば、姉の春美を体格良く、その反対で華奢なタイプの雪子を妹に。どうせ似ていないのなら、父親が違うほうがわかりやすいなと。書きながらそう考えました。

登場人物が打ち明けてくれる事情を書き留めて

―物語は、「ひばり亭」を整形外科医院で働く小松原菜々子が偶然訪れるところから始まります。彼女はその後の展開にも大きく関わっていきますが、恋人との関係に悩んでいたりと一人の女性としての姿をとても丁寧に描かれています。

この物語を進めていく上で、ひばり亭板付きにはしたくないというのがありました。さまざまな人物から見たひばり亭を描くことで、この店が抱える事情も見えてくると思っています。菜々子は部外者ではありますが、だからこそ見えてくるものがあるはず。彼女がどんな視点を持つ人物かを考えながら作っていきました。

ただ、そのプロフィールはあまり決めずに書き始めています。春美と雪子もそうでしたし、すべての人物がそう。みんな、それぞれの事情をお話の中でちょっとずつ教えてくれる感じなんですね。菜々子も気づいたら恋人との関係がこじれていました。

―登場人物の抱える事情や背景がひばり亭の姿とリンクしながら進んでいくので、ディテールを詳細に考えた上で書かれているのだと思っていました。

デビュー直後は一人ひとりのプロフィールをきっちりと決め込んでいましたが、そこまで私が決めなくてもいいのかなと思うようになりました。自分の作品世界とはいえ、そこは登場人物たちの世界です。であれば、作者が全部知っている必要はないなと。お話が進むにつれ、実は・・・とそれぞれが抱える事情を打ち明けてくれる。私はそれを聞き、そうだったのねと書き留めているんです。

思いが重なり料理は美味しくなる

―作中に「料理は手紙のようなもの」というフレーズがあります。一人ひとりの事情がわかってくるにつれ、そこに隠されていた思いが料理から伝わってきて、この言葉の意味が深みをもって響きます。

この言葉は菜々子が最初に言うんですよね。さほど意識もせずに書いたフレーズだったのですが、このお話の芯になっていたなと思っています。私自身、心のどこかでそう思っていたのかもしれません。

料理を作るときって、食べる相手への思いがあると思うんですね。大袈裟なものではないけれど、涼しくなってきたから温かいものがいいかなとか、体調を気遣いながらメニューを考えたりするのもそうですよね。でも、そんな思いを無下にしてしまう人もいる。作り手の気持ちなんてまったく考えていないんですよ。

―菜々子が一生懸命作った料理にもゲームに夢中で見向きもしない大輔は、まさにそうでした。

私だったら殴ってます(笑)。冷めてもチンすれば同じでしょって? いいや、別物ですよ。菜々子は大輔の母が送ってくる野菜を無駄にしないようにと工夫しながら作っているのに、料理好きなら作って当然としか思っていない。だから「ありがとう」の一言も言えないんです。菜々子にすれば、返事をもらえない手紙を書き続けているのと同じですよね。料理は、作った人、食べる人、それぞれの思いが重なって一層美味しくなるのだと思います。

―ひばり亭のメニューがどれもが美味しそうに感じたのは、作り手の思いを食べる人が感じ取っているからなんですね。読んでいて食べたくなりました(笑)。

好きなものを並べたら、ご飯ものばっかりになっちゃったんですけど(笑)。私、行きつけの町中華が3軒あるんですが、そのうちの1軒がチャーハンふわふわ系で、めちゃくちゃ美味しくて。この頃、ふわふわチャーハンの優しさがすごく沁みるんです。町中華を書くと決めたときから、これは絶対に出そうと決めてました。

天津飯も出したかったメニューです。大好物なんです、関西出身ですから。天津飯と天津丼の違いってご存じですか? 関西は醤油味の餡がかかる「天津飯」、関東はケチャップベースの甘酢餡の「天津丼」。その違いも書きたかったし。

Profile

坂井希久子

坂井希久子

1977年和歌山県生まれ。同志社女子大学学芸学部日本語日本文学科卒業。2008年「虫のいどころ」で第88回オール讀物新人賞を受賞。2015年『ヒーローインタビュー』が「本の雑誌増刊 おすすめ文庫王国2016」のエンターテインメント部門第1位に選ばれる。2017年『ほかほか蕗ご飯 居酒屋ぜんや』で第6回歴史時代作家クラブ賞新人賞を受賞。著書に『華ざかりの三重奏』『大江戸ぐるまん 鰻番付』『赤羽せんべろ まねき猫』『浅草観音裏小路』『中華食堂ひばり亭』「居酒屋ぜんや」「江戸彩り見立て帖」「髪結いお照 晴雨日記」シリーズなどがある。

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