過去の恋愛経験を赤裸々に綴ったリリックが刺さる! 「共感型アーティスト・浜野はるきが届けたいコトバの力」

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飾らないリアルな言葉で女性たちの心を掴んでいる、シンガーソングライターの浜野はるきさん。夜逃げ同然の上京、TikTokでのブレイク、そして怒りや悲しみから生み出される楽曲の数々……。彼女の音楽の原点から思い描く未来まで、その歩みと本音に迫ります。

浜野はるきさんの恋愛論を語ったYouTube動画は817日(月)に配信予定! そちらもぜひご覧ください。

最初のきっかけとなった「Tokyo」につながる音楽の原点

──まずは浜野さんの原点となる“音楽との出会い”について教えていただけますか?

小さい頃からピアノとダンスを習っていました。ピアノは4歳で始めたのですが、その時に身についた相対音感が曲作りに生きていると思います。クラシックの楽曲をサンプリングして自分の曲に入れたりするのは、ピアノの影響が大きいですね。

──では、ダンスはいつから始めたのでしょう?

安室奈美恵さんの影響で9歳から始めました。母が安室さんの大ファンだったので、子どもの頃によくライブに連れて行ってもらっていて、私自身も安室さんの曲は全部歌えるくらい大好きです!

11歳か12歳の頃にはボイトレにも通うようになって、E-Girlsの鷲尾伶菜さんのようにグループのセンターに立ちたいと思うようになりました。それで、ダンスボーカルグループやアイドルを目指して活動していたのですが、女の子ならではのいざこざが嫌になって(笑)、ソロのアーティストに方向転換したんです。

──その後、本格的にプロを目指して福岡から上京したのですよね。

21歳の時で、コロナ禍に入った時期でしたね。お母さんからはずっと上京を反対されていたので、夜逃げ同然で家を出ました。成田空港は東京にあると思っていたので、とりあえず成田空港まで行って。そこからヒッチハイクをして渋谷に行き着いたんです。

──危険な目に遭わなくて本当に良かったですね。渋谷に着いたあとは、どんな毎日を?

住む家もない状態だったので、ホテル暮らしをしていました。路上ライブで1万円を稼げた日はアパホテルに泊まって、1,000円の日はカプセルホテルに泊まる、というかなりサバイバル生活でしたね。お金が全然なくて野宿をしたこともあります。でもある時、路上ライブに来てくれたお客さんがTikTokにアップした「Tokyo」という楽曲がバズったんです。母への謝罪の気持ちを込めた手紙のような曲で、上京する飛行機の中で書きました。

──お母様にも、その動画は届きました?

はい。TikTokを見たお母さんから「頑張ってるね」って連絡がきました。私からは気まずくて連絡してなかったんですけど、TikTokを通じて私の活動を知ってくれて、それからはライブにも来てくれるようになりましたね。

──お母様は浜野さんの今の活躍を、どう見ていらっしゃいますか?

「最高の景色を見せてくれて、あなたは私の誇りだよ」って言ってくれています。お母さんの言葉って本当に心に響くものばかりで、私が初めての彼氏に振り回されていた時も、「しっかりしなさい。今のあなた、ダサいよ」と言われてハッと目が覚めたんです。その言葉がなかったら今でもズルズルと苦しい恋愛をしていたと思うし、私の人生を変えた一言でもありますね。

Profile

浜野はるき

浜野はるき

女の子の本音を紡ぐガールズスポークンシンガー。マネジメント/レーベルを自身で立ち上げ、セルフプロデュースで活動中。
SNS総投稿数は約10万件、総再生回数は5億回を超える。
2025年、経済産業省の音楽支援プログラム『New Music Accelerator』の1組に選出され、初の全国7都市ツアー「LIVE TOUR 2025 "SUPER SONIC"」を開催した。
2026年、過去最大規模となる豊洲PIT公演を含む全国10都市ツアー「LIVE TOUR 2026 "COVER GIRLs"」を開催。更に9〜10月には台湾・香港・韓国の3都市で初の海外単独公演「"COVER GIRLs" in Taipei / Hong Kong / Seoul」が決定し、台湾・香港がソールドアウト。2027年には初となるLINE CUBE SHIBUYAにて「LIVE 2027 “Grace the Runway”」の開催が決定。
女の子の「あるある」も「ムカつく」も「涙」も歌に変え、
そのすべてを『共感型J-POP』として広げている新世代のアーティスト。

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