児玉美月|架空の“ユートピア”が暴くもの【自分らしく生きるための映画紀行 第14回】
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「バービーランド」が映し出していたもの
マテル社による有名なファッションドール「バービー」を題材にした『バービー』は、同じくユートピア的な世界に生きていたはずの女性が真実に直面する物語として、『ドント・ウォーリー・ダーリン』と結ばれる。
映画の序盤でナレーションが「夢の世界」と形容し、「万能カラー」であるピンクに彩られた「バービーランド」では、毎晩ガールズナイトが開かれている。楽しい毎日を送るバービーは、疑いもなくそれが永遠に続くと思っていた。しかしあるとき、「死」についてふいに考えてしまったバービーのまわりで、異変が起こりはじめる。いつもつま先立ちだった足は平らに、ツルツルだった太ももにはセルライトが。「へんてこバービー」によれば、そうした異変はバービーランドと人間界を隔てる境界に裂け目が生じてしまったからだという。人間界にいるバービー人形で遊ぶ誰かの感情が、バービーランドにも影響を及ぼしているのだと。「日常に戻って今起きていることは忘れる」か、それとも「真実に目を向け世界を知る」か——「へんてこバービー」からどちらかを選ぶよう迫られたバービーは、その裂け目をもたらした人物を突き止めに行こうと決意する。

バービーと彼女についてきたケンは、かくして人間界へ辿り着く。彼らがそこで邂逅したのは、大統領、最高裁判事、医師、弁護士など、女性たちがあらゆる権威のある地位を占めるバービーランドとは正反対の、男性中心社会だった。
バービーはそこで、ベンチに座っていた見知らぬ老婦人と隣り合う。バービーが「あなた綺麗」と話しかけると、その女性は「ええ、知ってる」と返す。「死」も「老い」も避けられていたバービーランドを飛び出し、彼女は初めて、自身が体現するような人工的な「美」ではない生身の人間の美しさに触れる。そしてそれは、大衆の理想が反映された人形であるバービーが「人間」へと憧れる契機となる。
一方、人間界で家父長制に魅了されたケンは、バービーランドを「ケンダム」として乗っ取ろうとしてしまう。人間界への旅を経たバービーは、ケンがそれまで従属的な立場に置かれていたことを理解し、完璧だと思っていた世界の綻びに気づく。女性ばかりが活躍するバービーランドもまた権力の不均衡のもとに成り立っているならば、それは決して人間界における家父長制とも無縁ではない。バービーはたんに異世界から来た者として、人間界にのみ存在する抑圧と差別に直面するのではなく、バービーランドが部分的には同型の構造を内包していたかもしれないと学ぶ。

『バービー』のバービーも、『ドント・ウォーリー・ダーリン』のアリスも、ユートピア的な世界から目覚め、自ら選択した「現実」を生き直そうとする。そこには老いや死、不完全さがあり、ときには痛みさえ伴う。それでも、自ら選び取った生を生きることにこそ価値があるのだと信じるからこそ、彼女たちはそれを選ぶのだ。
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