音楽、音楽、油絵、プロデュース——。大塚 愛が語る「自分を縛らない」生き方
2003年のデビューから数々のヒット曲を世に送り出し、今もなお輝き続ける大塚 愛さん。自身のアーティスト活動に加え、最近ではプロデュース業や油絵の制作など、クリエイティブな才能を多方面でも発揮しています。そんな彼女が、どのようにして自分らしさを保ち、仕事や家庭、表現活動と向き合っているのか。自身の経験をもとに語ってくれました。
作品を生み出すこと自体が私にとっての喜び

——大塚さんプロデュースによる女子高校生ユニット「Pasmal」(パマル)は、どのような経緯でプロデュースに至ったのでしょうか?
誰かをプロデュースしてみたいという気持ちがずっとあったんです。でも、どうやってそのアーティストを探したらいいのかわからないまま何年も経ってしまって……。そんな中、オーディションを行うことになって、Pasmalのふたりと出会いました。
歌の世界を目指す多くの女の子たちの中で、ふたりは私と一緒に音楽を作りたいと言ってくれて、その言葉があったからこそ、長年のプロデュースの夢が叶ったと感じています。
——もともとプロデュース業に関心があったのですね。
ありましたね。自分自身のアーティスト活動も、表現として楽曲制作をするのではなく、「楽曲に合わせて自分自身をプロデュースする」という感覚でした。Pasmalのプロデュースも、その延長線上にあると思います。
ただ、責任感がセルフプロデュースとはまったく違いますね。自分の活動であれば失敗もすべて自分に返ってきますが、ふたりの人生を背負っているとなると、物事に慎重になりますし、重みもあります。
——デビューから23年目を迎え、ご自身のアーティスト活動についてはどういった想いがありますか?
自分にとって何が一番大切なのかを考えた時に、やっぱりモノづくりが真ん中にあるということに気づきました。自分が歌ったり表舞台に立ったりすることが一番の目的ではなくて、作品を生み出すこと自体が私にとっての喜びだし、やりがいなんだなって。
それと、デビュー当時は音楽一本で生きていきたいと思っていて、どうすれば自分の存在価値を見出せるのか、今までにないタイプのアーティストになれるのかということをずっと考えていました。ずば抜けた才能がないからこそ、別の手法を組み合わせないと勝ち残っていけないと思い、アルバムに絵本を付けたり、音楽以外のクリエイティブな側面を見せていたんです。

——2ndシングル「さくらんぼ」のヒットで一気に大塚さんの名前が広がりましたよね。当時の自分に声をかけるとしたら?
「大変だったよね」の一言ですね(笑)。当時は売れることだけを考えて走っていたので、気持ちにブレはなかったのですが、リリースを重ねていくにつれて、だんだんしんどさを感じるようになっていきました。
自分が思い描いていなかったイメージを持たれたり、アイドル視されると、縛られているように感じて苦しくなってしまって。自由がない辛さがありましたね。
——今は自分らしく活動できていますか?
はい。出産で活動をお休みさせていただいたことが大きかったです。そこでしっかり呼吸を整えて、自分がこれからどうしていくべきなのかを見つめ直しました。私の中では5枚目のアルバム(2008年12月リリース『LOVE LETTER』)までは“大塚 愛”という存在をみなさんに知っていただくための明確なプランがあって、出産はそれが一段落したタイミングだったんです。そこから気持ちをゼロに戻して、次の計画を立てよう、と。お休みをしてアーティスト・大塚 愛から離れたことで、本当の自分を見せられるようになったと思います。
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