児玉美月|解体されてゆく「母性」と「母親」 【自分らしく生きるための映画紀行 第10回】

3人の子供を設けて幸せな家庭を築くことを夢見るサーガは、故郷であるフィンランドの森の奥へと夫のジョンと移り住む。やがて壮絶な出産を経て一人目を授かったサーガだったが、その赤子はどこか様子が不可解だった。小さな尻尾が生えてきそうな臀部に、全身は尋常ではなく毛深く、日光を嫌がり、授乳時には噛みちぎるほどの強さでサーガの乳首を負傷させ、一晩中眠らず泣きわめく。

クーラと名付けた我が子が「普通の子」ではないかもしれないとサーガは疑いはじめるものの、周囲は彼女自身に問題があるのではと誰も真剣には受け止めてくれない。8月28日公開の映画『ナイトボーン -夜哭-』は手に負えない我が子をもはや慈しむだけではいられず、怪物を産んでしまったのではないかと疑心暗鬼に囚われてしまうサーガをホラー映画の枠組みで描く。とはいえそこにあるのは、子育てをはじめたばかりの親なら誰でも経験しうる普遍的な感情と呼応するものでもある。

ある日愛らしい子供部屋の床を突き破って生えてきた木は、理想としていた家庭生活に亀裂を入れるかのようにそこに聳え立つ。何かを察知したかのようにクーラがその木に向かって甲高い声を上げると、下の方から轟音が鳴り響く。サーガが気になって木の周りの床板を捲ると夥しい数の虫が蠢く地面の穴が露わになり、どこからともなく伸びてきた蔦がサーガの手に絡みついて奥のほうへと引っ張り込もうとする。また、森に出かけたときにはクーラの泣き声と共鳴するかのように、唸り声のような不思議な音が聞こえてくる。クーラが自然と対話しているかのようなこうした謎めいた繋がりは、フィンランドの民間伝承を踏まえているといえる。

映画は終始クーラの顔貌を隠し続け、妖気を帯びた存在として、ほとんどシルエットでしか画面に映さない。撮影時、クーラは実際の乳幼児とアニマトロニクス(※生物を模したロボットを使って撮影した技術)の両方を組み合わせられ、その身振りは人間ではない何かを想起させる。それは自ら産み落とした赤子であっても、結局はどこまでも他者でしかないことを突きつけているようでもある。

Profile

児玉美月さん

児玉美月

映画批評家。パンフレットや雑誌などに多数寄稿。共著に『彼女たちのまなざし 日本映画の女性作家』『反=恋愛映画論──『花束みたいな恋をした』からホン・サンスまで』『「百合映画」完全ガイド』がある。

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