舞空瞳、第二章へ。「宝塚100%」の先に選んだ新しい生き方
Index目次
憧れの舞台に立つチャンス、「一度も逃したくない」
――宝塚100%、そう言い切れるほど夢中になれるものとの出会いはなかなかむずかしいもの。舞空さんが宝塚音楽学校受験を決心したのは中学3年生のときだそうです。
「幼い頃からダンスを習っていて、先生の薦めもあって10歳ぐらいに初めて宝塚を観劇をしました。小学校6年生頃には淡い憧れを抱くようになり、遅ればせながらバレエレッスンもスタートしたものの、宝塚音楽学校受験と高校進学の間で気持ちが揺れ、4回あるチャンスのどこで受けようかと悩む日々。心が決まったのは中学3年生の春、花組公演『オーシャンズ11』を観劇したときです。目の前に広がる現実とは思えないほどキラキラと美しい世界に感動の余り涙が溢れ“この舞台に絶対に立ちたい、そのためのチャンスを一度も逃したくない!”と、その足で両親に“今年受験させてください”と言いにいきました。ダンスの試験科目にはバレエの他に、何を踊っても自由という課題もありました。私はヒップホップ、アフリカンダンス、ブレイクダンス等、今までの経験をすべて出し切るように、様々なジャンルを織り交ぜて創作したものを披露。なかなか激しいダンスなので宝塚時代は封印していました(笑)」

観劇してくださるお客様にもそれぞれの物語がある
――中学3年生の試験で無事合格、そこから星組トップ娘役になるまで舞空さんを突き動かしたのは「好き」という、ごく純粋なエネルギーだといいます。
「15歳で実家を出て寮に入ってからずっと、宝塚が好きという気持ちは大きくなるばかりでした。悔しくて立ち止まる瞬間は幾度とあっても、それでも前に進んでいく。その気持ちは途絶えたことはありません。どうしてそこまで?と自分でもびっくりするのですが、いつも辿り着くのは“結局は好き”という答えでした」
――常に高みを目指す日々の中、舞空さんが舞台に立つ想いに変化があったと語るのはコロナ禍。
「これまで以上に気を配るようになったのは、心身のコンディション。コロナ禍の制限やリスクのあるなか、それでもと舞台を見にきてくださるお客様は、覚悟をもっていらっしゃってくれていたと思います。舞台上にいると、客席からはいつも以上に熱い思いが感じられました。その経験を経て、あらためて心に留めたのは、例え平常時であっても“この演目を見るのは今日が最初で最後”と特別な想いで観劇してくださるお客様がいるかもしれないということ。自分自身が楽しむことの大切さに加え、常にその日でき得るベストパフォーマンスを目指すという舞台人としての責任感がより強くなりました」
- Tag
- #Culture #Interview
Related
関連記事

