【書き下ろし特別エッセイ】ほんとうに書きたかった本を書くために。ひらいめぐみさんの人生を動かした言葉。
転職を6回経験したというユニークな経験を綴った『転職ばっかりうまくなる』、食べ物との思い出を柔らかい筆致で綴った『おいしいが聞こえる』、世界料理を食べ歩きユーモア溢れる観点から食レポをした『世界味見本帖』……温かく等身大の文章が人気を集める、作家のひらいめぐみさん。
この度、2025年9月にハルキ文庫より刊行された『おいしいが聞こえる』が、勝木書店さん主宰の「KaBoSコレクション2027」に選ばれました。対象作品は全10作品。9/1~10/31までの売り上げをもとに、金賞作品が決まります。
「KaBoSコレクション」ノミネートを記念して、ひらいめぐみさんに特別エッセイを書き下ろしていただきました。『おいしいが聞こえる』が生まれるきっかけとなった、「忘れられない言葉」について綴ります。

出版社の人から初めて本の企画を提案されたのは、前の会社に転職して半年が過ぎた頃だった。
自主制作本として2022年の夏に作った『おいしいが聞こえる』は、全国の独立系書店でお取り扱いいただき、何度かの重版を重ね、2025年には出版社から文庫化された。この本をきっかけにエッセイの仕事をいただくようになり、現在もいくつかの本の執筆を進めている。今では自著を出版させてもらうことが少しだけ身近な存在になっているものの、最初に本の企画の提案をされたときにはまだ会社員で、当時のわたしにとって、本とは「書くもの」ではなく「読むもの」だった。
その頃にはすっかり活動から遠のいてしまっていたけれど、学生時代からメロンパンフェスというイベントを企画していて、20代の頃は「メロンパンに精通している人」としてメディアから声をかけられることがときどきあった。SNSからDMをくれた編集者も、そういった切り口で連絡をくれたうちの一人だった。新しい本の企画として、メロンパン図鑑を作りたいと思っていたところ、わたしのことを知ったのだという。正直なところ、メロンパンの活動は数年前に自分の中でひと区切りついたものだと思っていた。今さらメロンパンにかかわるのか、と迷いもあった。ただ、「本を出版できるかもしれない」という事実だけでうれしくなり、「ぜひ作りたいです」と返信をした。自分の本心はさておき、会社の仕事の合間にオンライン会議や電話での打ち合わせを重ね、必要だと言われれば過去のデータをかき集め、作った資料を送った。
いつしか自分でも、心からやりたいことと、世間から求められてやっていることの境目がわからなくなっていた。
メロンパンフェスの活動をはじめたのは大学3年生の春だった。アフリカのコンゴ民主共和国の紛争鉱物問題について胸を痛めていた頃、自分の好きなメロンパンと、自分がもっとも関心を持つコンゴの問題を組み合わせたら、なにか解決の糸口が見つかるのではないかと思った。コンゴにはスマホのバッテリーを長持ちさせるために使われるレアメタルが7割埋蔵されていると言われていて、それらが軍資金となって紛争を長引かせている。その事実を知ったとき、これまで遠い国の問題を自分ごとだと思ったことがなかったわたしは、ショックを受けた。自分の生活を豊かにしてくれるものを作るために、誰かが犠牲になっている。知ったからには、なにかしたい。ただ伝えようとするだけでは、関心を持ってもらうのは難しい。そこで、メロンパンを通じてこの問題を伝えるのはどうか、と思い立った。誰にとっても身近な存在で、食べる人を笑顔にしてくれるものなら、悲惨な状況が続くコンゴの問題への明るい入り口になるかもしれない、と。それが、メロンパンのフェスを開催するというやり方だった。
パンフェスブームが追い風となり、メロンパンフェスは広告費をかけなくとも数千人が集客できるまでに規模が拡大していった。コンゴとの接点を作ることを模索する傍ら、日本最大規模のメロンパンのフェスとしてお客さんの期待に応えるため、どのように運営していけばいいかを考える必要があった。もはや、コンゴの問題を伝えるどころか、イベントを赤字にしないようにすることで頭がいっぱいだった。パンはすべて買い切りで、仕入れ費だけで数百万円かかる。消費者金融でお金を借りるか、水商売をするか。いざとなったらそのどちらを選ぶか悩んだことも、一度や二度ではなかった。
唐突にコンゴの話をされても、来場者の人たちは困るだろう、とメロンパンに振り切った企画で運営していくようになると、わたしのもとに、メロンパン専門家としての仕事が増えていった。パンのムック本、アイドルグループのテレビ番組、ラジオ、雑誌……。「メロンパンが好き過ぎてメロンパンフェスを開催している、ひらいめぐみさんです!」。たしかに、最初は好きでやりはじめたことだった。メロンパンが好きで、いろんなメロンパンを食べ歩くようになったことが、メロンパンフェスのきっかけでもあった。だけど、メロンパンの専門家になりたかったわけじゃない。わたしがメロンパンで有名になるぐらいなら、コンゴのことをもっと多くの人に知ってほしかった。自分の気持ちに反して、友人や知人、周りの人たちは、わたしがメディアに出るたび喜んでくれた。朝の情報番組でおすすめのメロンパンを紹介したときには、地方に転勤した友人が「自分も頑張ろうと思った!」と連絡をくれて、まわりが喜んでくれるなら良いことなんだ、と自分に言い聞かせるしかなかった。
継続的にメディアに露出し、はたからはうまくいっているように見えていた頃、学生時代からわたしをよく知る人がくれた言葉がある。
「ひらめちゃんは、なにをやっていてもいいんだよ」
何年も続けてきたことを、「やめたい」とは言えなかった。やめちゃいけないんだと思っていた。周りも期待してくれている。だからこれからも、メロンパンの活動をやりつづけないといけない、と。
「いいんですか? メロンパンを食べなくなっても?」
「いいの、いいの。なにをしていたって、ひらめちゃんはひらめちゃんなんだから」
子どもの頃から、周りの期待を過剰に背負ってしまうような性格だった。ほんとうは、世間の期待を裏切るのがこわいんじゃなく、自分自身で自分を縛りつけた呪いの解き方が、わからなくなっていただけだったのかもしれない。
最後に在籍していた会社をやめると決めたとき、メロンパン図鑑の企画のやりとりをしていた編集の人から連絡がすっかり途絶えていることを思い出した。きっと企画が通らなかったのだろう。それでよかった、と思った。そして、やっぱり本を作ってみたくなった。せっかく一冊目の本を作るのなら、自分がほんとうに書きたいものを書こう。出版社から出せなければ、自分で作ればいい。
書きたいテーマを書き出して、本文を書いて、友人の森田くんに本文デザインを、装画をかねてよりいっしょにお仕事したいと思っていたイラストレーターの三好愛さんに拙い依頼のメールを送って依頼をした。いくつもの候補から、タイトルを『おいしいが聞こえる』に決める。今はまだしっくりこないけれど、時間が経ったら愛着が湧くといいな、と思う。
本を置いてもらいたい書店さんに送る文面を、一通一通考える。「メロンパン専門家としてのわたし」じゃない。実績がない、ただ「なにものでもないわたし」が、ほんとうに書きたかったことを書いた本。「ひらめちゃんは、なにをやっていてもいいんだよ」。あのときかけてもらった言葉が、頭の中でこだまする。キーボードを打つ指先は、手汗が滲んでつめたい。


文・ひらいめぐみ 写真・土岡虎太郎
【書籍紹介】
『おいしいが聞こえる』ひらいめぐみ

二十年間集めてきた、たまごの上に貼られたシール。「煮込まれたトマト」「走るピーマン」など、自分で考えてみた食べ物の慣用句。シュークリームの甘さに救われた雨の日。おじいちゃんが作ってくれた袋麺のカレーうどん。「食べ物」を起点に、笑いから涙までがぎゅっと詰まったエッセイ三十七篇。読めばきっと、大切なひとと分かちあった食べ物の記憶があたたかく蘇る。著者の原点である大人気自費出版本を、書き下ろしを大幅に加え、装いも新たに文庫化しました。
Profile
-
-
ひらいめぐみ
1992年生まれ、茨城県出身。7歳の頃からたまご(の上についている賞味期限の)シールを集めている。近著に『転職ばっかりうまくなる』『ひらめちゃん』(ともに百万年書房)『おいしいが聞こえる』(ハルキ文庫)『世界味見本帖』(角川春樹事務所)など。
Related
関連記事
Recommend Movies
おすすめの動画
Recommend
おすすめの記事

