児玉美月|見つめ合い、走り出す女性たちの愛【自分らしく生きるための映画紀行 第7回】

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奪われてしまう女性の功績

女同士の愛はいつの時代にも存在してきたが、それが顧みられることはあまりにも少ない。ほとんど同時期に撮られた二本の映画──『燃ゆる女の肖像』(2019年)と『アンモナイトの目覚め』(2020年)は、まさに見えなくされていた女同士の愛を歴史のなかから掘り起こす。

『アンモナイトの目覚め』で描かれる実在の人物メアリー・アニングは、港町ライム・レジスで化石採集に身を捧げ、生涯独身だった。性的指向も、史実として明らかにされてはいない。しかし監督のフランシス・リーは、沈黙が異性愛者と結びついてしまうこの社会に抗うようにして、あらゆるセクシュアリティが等しく想像されうる歴史観を提示した。

『アンモナイトの目覚め』場面写真

© 2020 The British Film Institute, British Broadcasting Corporation and Fossil Films Limited

映画の開巻、博物館の展示室のなかへ魚竜イクチオサウルスの化石が運び込まれてくる。そこには採集者であるメアリー・アニングの名札が巻かれていたにもかかわらず、学芸員によって外され、男性寄贈者の名前へ差し替えられてしまう。アニングの生きた19世紀、イギリスの博物館では、標本の発見者よりも所有者の名が優先される慣習が存在したという。また、それは女性の功績が不可視化されてしまう男社会における構造的差別を一瞬にして物語っている。

18世紀のフランスを舞台とした『燃ゆる女の肖像』でも、画家のマリアンヌが自らの絵画を父の名前で発表せざるをえない状況にあった。これらの二作品は抑圧されてきた女同士の愛の物語に、科学者や芸術家である女性の名が抹消されてきた歴史を、繊細な手つきで縫い込む。

散歩相手から始まる関係性

『アンモナイトの目覚め』では化石販売店を営むアニングのもとに、地質学者であるロデリックが妻のシャーロットを帯同して尋ねてくる。シャーロットはおそらく自分の子供を亡くしたばかりで鬱状態に陥っており、ロデリックは療養のためアニングに彼女を預ける。ロデリックはアニングに、「浜辺を君と出歩けばきっと良くなるだろう」と説得する。『燃ゆる女の肖像』でも貴婦人の娘エロイーズが結婚するため肖像画を頼まれた画家マリアンヌが孤島に出向き、拒絶されぬよう最初は目的をひた隠しにし、散歩相手として彼女に近づいてゆく。

『アンモナイトの目覚め』場面写真

© 2020 The British Film Institute, British Broadcasting Corporation and Fossil Films Limited

彼女たちはそれぞれ、ともに外を歩くことから関係性を積み上げていった。しかしその歩みの行き着く果ては、すでに定められていた。男性たちの存在は画面からほとんど排され、しかし同時に色濃く至る所に気配が漂ってもいる。それは彼女たちの生きる家父長制的な社会が背後にあり、そこから逃れられないことを観客へ知らしめるだろう。シャーロットの病の回復は夫との生活への回帰を、エロイーズの肖像画の完成はふたりの共同作業の終焉を意味する。境遇の異なる彼女たちが恐れ、警戒し、躊躇いながらも互いに揃えてゆく歩みのかたわらにある海が、獰猛な波音を立てつづけている。彼女たちが交わす言葉は、ときに大きく波打つ音に掻き消されそうになるが、だからこそ無言の視線の交差が雄弁な意味を抱え込む。

対等に見つめ合う女性たち

『燃ゆる女の肖像』でマリアンヌが一方的に盗み見ながらようやく完成させた肖像画を、エロイーズは嫌う。肖像画を描く任務を任されたことをマリアンヌがエロイーズに打ち明け、一から描き直すことになるとき、初めて彼女たちは不平等な「見る/見られる」関係から脱し、対等に見つめあう。マリアンヌとエロイーズ、侍女のソフィはある夜、ギリシャ神話「オルフェウスの冥界下り」について議論する。オルフェウスは亡くなってしまった妻エウリュデイケを冥界から連れ戻す条件として、神々から彼女のいるほうを振り返ってはいけないと命じられたにもかかわらず、なぜ後ろを見てしまったのだろうと。『燃ゆる女の肖像』はオルフェウスとエウリュデイケの男女の物語を、マリアンヌとエロイーズの女同士の物語へ変奏している。『アンモナイトの目覚め』にせよ『燃ゆる女の肖像』にせよ、決して饒舌な映画ではないものの、視線の交わし合いこそが彼女たちの関係性の輪郭を描いてゆく。

『燃ゆる女の肖像』場面写真

© 2019 Lilies Films / Hold Up Films & Productions / Arte France Cinéma

監督のセリーヌ・シアマは、『燃ゆる女の肖像』の構想において、まずラストシーンが頭にあったという。エロイーズをマリアンヌがまなざすラストショットは、2分30秒近くもの長い時間がかけられている。そこでの視線劇では、カメラの背後にいる女性作家のまなざし、女を愛する女のまなざし、カメラの視線と同一化する観客のまなざしという複数のレイヤーが重なり合う。映画史において、いかに男性がまなざしを占有してきたかについて自覚的な作家にあって、その長さは男性中心主義が培ってきた制度としてのまなざしを奪還し、映画史に「女のまなざし」を刻印するためにかけられた時間にほかならない。

『燃ゆる女の肖像』場面写真

© 2019 Lilies Films / Hold Up Films & Productions / Arte France Cinéma

『燃ゆる女の肖像』の終奏が喚起する強い情動は、言語を超え、女同士の愛を理不尽な構造の犠牲としての「悲恋」には陥らせない。マリアンヌとエロイーズは、たんに家父長制の声なき受動者でもない。彼女たちが夜、焚き火を取り囲んで合唱する歌曲「La Jeune Fille en Feu」で最後に響く一節が「Nos resurgemus (わたしたちは立ち上がる)」であったように、この映画に厳然と横たわっているのは、純度の高い自由への希求にほかならない。出逢ってまもない散歩の途中、海の広がる断崖のほうへとエロイーズは突如走り出す。そして、そのまま飛び降りてしまうのではないかと心配しながら追いかけるマリアンヌのほうを振り向き、こう語りかける――「夢みていました」「死を?」「走ることです」。

 

『アンモナイトの目覚め』

発売・販売元:ギャガ © 2020 The British Film Institute, British Broadcasting Corporation and Fossil Films Limited

『燃ゆる女の肖像』

発売・販売元:ギャガ
© 2019 Lilies Films / Hold Up Films & Productions / Arte France Cinéma

Profile

児玉美月さん

児玉美月

映画批評家。パンフレットや雑誌などに多数寄稿。共著に『彼女たちのまなざし 日本映画の女性作家』『反=恋愛映画論──『花束みたいな恋をした』からホン・サンスまで』『「百合映画」完全ガイド』がある。

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